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最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)65号 判決 1996年12月19日

高知市横浜新町三丁目一五〇五番地

上告人

上田幸三郎

右訴訟代理人弁護士

田浦清

和田高明

同 弁理士

田中幹人

静岡県浜松市小沢渡町一五三三番地

被上告人

株式会社丸八真綿

右代表者代表取締役

竹田和雄

東京都中央区八丁堀一丁目二番四号

右補助参加人

ニチロ毛皮株式会社

右代表者代表取締役

和島瑛伍

大分市大字宮崎字延命一三八七番地の一

右補助参加人

ナショナルライフ株式会社

右代表者代表取締役

三野加奈江

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第六六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年一一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田浦清、同和田高明、同田中幹人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成八年(行ツ)第六五号 上告人 上田幸三郎)

上告代理人田浦清、同和田高明、同田中幹人の上告理由

一、原判決には、左記(一)、ないし(三)、のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背と経験則違背の事実認定が存しているので、破段を免れない。

(一)、原判決には、考案の要旨認定について、本件明細書の実用新案登録請求の範囲には、掛け布団を形成するムートンについて、「所定幅の帯状に切断されたムートン」と記載されているだけであって、原告が引用例一と記載のムートン肌掛けとの対比において問題とするムートンの毛足の長さについては何ら限定的に規定しているわけではない。そして、ムートンが羊の毛皮を指すものであることは一義的に明らかであるから、ムートンの技術的意義を理解するために考案の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存しない。

したがって、本件考案におけるムートンについて、実用新案登録請求の範囲に記載されていない事項を持ち出して、引用例一記載のムートン肌掛けにおけるムートンとの相違をいう原告の主張は失当というべきであると判示されておられる。

(二)1、実用新案法二条二項所定の実用新案登録要件である実用新案登録出願にかかる考案の進歩性について審理するに当っては、その考案を同条一項各号所定の考案と対比する前提として、実用新案登録出願にかかる考案の要旨が認定されなければならない。

右考案の要旨の認定は、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載にもとづいて定めなければならないとされている(実用新案法第二六条、特許法第七〇条一項を準用).そして、右考案の要旨認定の場合においては、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、実用新案登録請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとするとされている(実用新案法第二六条、特許法第七〇条二項を準用)。

2、ところが、原判決は、実用新案登録出願にかかる考案の要旨認定は、特段の事情のないかぎり、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲にもとづいてなされるべきであり、実用新案登録請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の考案の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないとして、右(一)、に記載の判示をされておられる。

右判示は、最高裁判所平成三年三月二八日判決(民事四五巻三号一二三頁)、いわゆる「リパーゼ判決」を根拠としておられることは明らかである。

3、右リパーゼ判決は、クレームの文言解釈に当っては、語義の明確化等のために詳細な説明、図面の参酌が原則として許されるとの前提で、クレームに記載された技術的事項がそれ自体明確である場合に、それ以上に限定するような仕方で詳細な説明を参酌することは許されない。また、詳細な説明に記載があっても、クレームに記載されていないものは記載のないものとして取り扱うべきである旨判示したものである。

ところが、最高裁リパーゼ判決の解釈をめぐり混乱が見られたので、これを解消するため、確認的規定として特許法第七〇条二項(実用新案法第二六条で準用)は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と明文化することにより、従来の解釈の混乱に終止符を打ったものである。本規定は、存続する特許権(実用新案権)にも適用されることは言うまでもない。

したがって、原判決は、前記最高裁のリパーゼ判決を誤解し、本件考案の要旨認定をされているのである。

(三)1、本件実用新案登録請求の範囲に記載されたムートンは、ムートンの毛足が本来的に持つ特徴である「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果、吸排湿作用等々」という特徴を有する。

本件実用新案登録請求の範囲には、本件考案におけるムートンについて、右のような特徴は記載されていないが、最高裁オール事件(昭和五〇年五月二七日判決)の判示考案の詳細な説明及び図面を考慮して明細書を合理的に解釈すれば、明瞭である。

(1)、実用新案登録請求の範囲において、「ムートンの毛足を内側に位置させた」と構成されており、ムートンの毛足、即ち実質的にムートンの機能を発揮することのできる毛足を構成要素としている。

(2)、「実用新案登録請求の範囲」の構成要素は、「詳細な説明」や添付図面において裏付けされるものであるが、「詳細な説明」においても次のように記載されている。

<1>、本考案は~使用者の身体にムートンの毛足が隙間なくフィットするようにしたものである。

<2>、本考案は~ムートンの寝具の素材としての利点のみを生かしたムートン製掛け布団を提供することを目的とするものである。

<3>、掛け布団としての適当な重さに軽量化することができる。しかもムートン間に可撓性を有するテープ状部材を介在してあるため、該テープ状部材の部分によって柔軟性が生じ、掛け布団として使用した際にムートンの毛足が使用者の身体に隙間なくフィットするものである。またテープ状部材はムートンの深い毛足に覆われるため、掛け布団として使用時には外観上は看取されることがなく、ムートンの豊かな毛量による豪華な外観を有し視覚的満足をも得ることができるものである。

<4>、毛の長さは主として三五~四五ミリメートルである。~これら帯状ムートン1及びテープ状部材2はそのサイズに限定があるわけではなく適宜選択して採用すれば良いものである。

<5>、かかるムートン製掛け布団3、8によれば内側に位置して人体に接するムートンが第4図に示すように使用者9の身体に沿って良くフィットする。

<6>、第5図(A)に示すように、使用者9の身体に沿ってムートン製掛け布団3、8は変形してフィットし、かつ、帯状ムートン1の毛足10が身体を完全に包囲する。

<7>、内側に位置するムートンの毛足10が使用者の体にフィットする柔軟性を有する。

<8>、よって従来それ自体のみでは掛け布団として使用するには重すぎた又柔軟性に欠けるため使用者の身体に毛足がフィットし難い性質を持つムートンを、ムートンの毛足を内側に位置させて、重くなく、かつ、ムートンの毛足が身体にフィットする掛け布団として使用することができ、ムートンの持つ肌触りの良さ、保湿性、優れた吸排湿作用等の利点を生かすことができる。また、テープ状部材は帯状ムートンの深い毛足に覆われるため、掛け布団として使用時には外観上は看取されることがなく、ムートンの豊かな毛量による豪華な外観を有し、見栄えが良くて視覚的満足をも得ることができる。

<9>、さらに、第5図には「掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠る」状態が示されている。

これらの記載は、まさに「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果、吸排湿作用等々」という特徴を有するムートンこそが本件考案にいうムートンであることを示しているのである。

2、一方、引用例一の「肌掛け」の内容の認定に際し、原判決は、乙第一号証(広辞苑)を採用しておられるが、乙第一号証は、本件考案の出願後の平成三年一一月一五日発行にかかるものであって、実用新案法三条二項における進歩性解釈において採用されるべきではない。本件出願前発行にかかる広辞苑第三版には、「肌掛け」の語は収録されていない。

したがって、「ムートン肌掛け」を掛け布団とする原判決は事実誤認であるが、引用例一の「ムートン肌掛け」が「掛け布団」に該当するかどうかの問題を留保するとしても、「サンケイ新聞の記事」が寝具として使用するであろう「ムートン肌掛け」を開示していることは事実である。その開示された内容が「毛足は七ミリで、裏の皮を薄くしてより軽くしたコート素材の厳選された高級品のダブルフェース(両面使い)を使ってあり、紹介のシーツ」のムートンを使用した「ムートン肌掛け」であることも事実である。

即ち、「サンケイ新聞の記事」に記載された「ムートン肌掛け」はコートを羽織るようにコートの素材をそのまま肌掛けとして転用したものに過ぎず、毛足を七ミリに極く短く刈り揃えられたものであって、前記した「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果、吸排湿作用等々」のムートンの毛足の持つ特徴を有しない。この七ミリという毛足サイズはムートン業界において羊から毛を刈り取った後の「刈り下」として認識されているものであり、最早ムートンの毛足の持つ特徴を有しない。

この「ムートン肌掛け」には「掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠る」という発想は含まれておらず、むしろ「肌掛け」として使用するにはムートンの毛足は邪魔なものとして認識されているのである。

ちなみに「サンケイ新聞の記事」にともに記載されているムートンシーツの毛足は一五ミリであり、ムートンの毛足の特徴を宣伝している。にもかかわらず「ムートン肌掛け」においては特徴である毛足を七ミリと極く短く刈り揃えてその特徴を失わさせているのは、ムートンシーツと同じ一五ミリの毛足では肌掛けとして被って使用することが出来ないからに他ならない。

よって、この「ムートン肌掛け」はムートンを被るためにムートンの毛足を刈り取ってしまうという技術思想に基づくものであり、「ムートンの寝具として利点のみを生かしたムートン製掛け布団を提供することを目的」(公告公報第二欄第一九行目~第二一行目)とするムートンの毛足を生かすための構成を考案した本件考案とは全く逆の方向の技術思想を開示しているもので、本件考案の技術思想とは大きな隔たりがある。

3、しかるに、原判決は、ちなみにとして、引用例一には「暖かいぬくもりとソフトな感触が深い眠りへと誘うムートンの肌掛けです。」との記載のほかに、「ムートンは一平方センチメートル当たり一万本から一万六、〇〇〇本もの密度の高い毛が生えているため、保温性や通気性に富み、毛の熱伝導率が低いので、外気に対する絶縁性もあって、ムートンのシーツなどは四季を通じて気持ちよく使えるのが特徴です。」と記載されていることが認められ、引用例一記載の肌掛けのムートンも原告の主張するムートンの毛足が持つ特徴を有しているものと認められる。

したがって、本件考案におけるムートンと引用例一記載の肌掛けのムートンとの間に、特に異なるところがあるということはできない旨判示されておられる。

4、しかしながら、引用例一について、原判決は、後述するように、毛足七ミリメートルにまで刈り揃えられたムートンの肌掛けには、原告の主張するムートンの毛足が持つ特徴はなく、実体と乘離した商業的宣伝文句を唯一の根拠として、引用例一肌掛けのムートンも、ムートンの毛足が持つ特徴を有し、本件考案におけるムートンとの間に特に異なるところがないと判示されておられるが、右判示は、通常人の有する常識的判断から逸脱した経験則違背の事実認定である。

してみると、原判決の実用新案法第三条一項、二項の解釈を誤った法令違背と経験則違背による事実認定は、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、原判決には、つぎの(一)ないし(四)、のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の誤りと経験則違背の事実誤認があり、その結果法令違背がある。

(一)、引用例一に記載の「肌掛け」について、原判決は、甲第五号証(服飾辞典)、乙第一号証(広辞苑)、乙第三号証(ふとん品質表示の統一)の各記載の定義内容と引用例一(甲第三号証の記載事項)、引用例一の商品情報の欄のムートン特集(下)◆ムートン肌掛けにおける「一日の張りつめた気持をそっとやわらげ、暖かいぬくもりとソフトな感触が深い眠りへと誘うムートンの肌掛けです。」との記載及び同欄に掲載されているムートン肌掛けの写真を総合すると、引用例一に記載の「肌掛け」は掛け布団であるといって何ら差し支えないものと認めるのが相当であると判示されておられる。

しかしながら、乙第一号証の広辞苑第四版は、本件考案の出願後の平成三年一一月一五日発行にかかるもので、本件出願前発行にかかる広辞苑第三版には、「肌掛け」の語は収録されていないこと、甲第五号証(服飾辞典)にも同様に「肌掛け」の語は収録されておらず、「肌掛け布団」についての記載がなされていない。わずかに、乙第二号証の<1>用途による区分の欄には、「肌掛け」は、掛け布団に含まれると記載されているにすぎないところ、右乙第二号証は、ふとん品質表示の統一という目的のためのものであって、汎用性がない。このことは、甲第三号証の記事は、通信販売を行うための宣伝文句を記載しているものであるが、右記事は、昭和五四年(一九七九年)であり、その翌年である一九八〇年の丙第三号証のニチロムートンカタログにおいてさえも、「肌掛け」と記載されていて「肌掛け布団」とは記載されていないことからも明らかである。

したがって、「肌掛け」は掛け布団であるとして、引用例一を公知のものとする原判決は、証拠の取捨選択を誤ったもので、違法な採証方法である。

(二)、引用例一に記載の「肌掛け」について、原判決は、前記一、(三)3、に述べたとおり、甲第三号証の「サンケイ新聞の記事」の商品情報欄の記載を根拠に、原告の主張するムートンの毛足が持つ特徴を有している旨判示されておられる。

しかしながら、甲第一二号証「イオン&ムートンの熟睡健康法」の六五頁乃至六九頁には、ウールが持つ特徴が列記され、例えば、保温性については、「ウールは縮れていることによって大量の空気を含み、寒いときは温まった空気を逃さないので、大変保温性が豊かです。空気を含む量は、繊維自体の体積の六〇パーセントにもなり、ウールは『空気を着る』と言われるほどです。」と記載されており、保温性をはじめとするウールの特徴は、一定の毛足の長さを当然の前提としていることが明らかである。

したがって、毛足の長さを七ミリメートルにまで刈り揃えた引用例一のムートンの肌掛けには、通常ウールに関して言われるような意味における保温性等の特徴はなく、甲第三号証の記載を詳細に検討すると、原告の主張するムートンの毛足が持つ特徴を記載している欄は、ムートン一般についての記載欄、右上部であって、「ムートン肌掛け」の欄ではない。「ムートン肌掛け」の欄には、「毛足は七ミリ・・・・・紹介のシーツ」という記載とともに、実体とは乘離した「一日の張りつめた気分をそっとやわらげ、暖かいぬくもりとソフトな感触が深い眠りへと誘うムートンの肌掛けです」という商業的な宣伝文句の記載があるにすぎないことが明白である。

しかるに、原判決は、上記の商業的宣伝文句を唯一の根拠として、引用例一の肌掛けのムートンも、ムートンの毛足が持つ特徴を有し、本件考案との間に特に異なるところがないと判示しているものであって、これは通常人の有する常識的判断からも逸脱した経験則違反の事実認定である。

(三)、取消事由2について、原判決は、本件考案において、掛け布団としての適度の軽量化と柔軟性を得ることを企図しているものであることは明らかである旨判示されながら、引用例二の技術によれば、ムートンの使用量が少なくなって全体的に軽量化され、また身体にフィットしやすい柔軟性がもたらされるであろうことは、当業者においてきわめて容易に考えつくことが認められる旨判示されておられる。

しかしながら、引用例二の記載は、あくまでレザリングを施した場合の外観に関するものにすぎず、ムートンの毛足を内側にして布団として使用する際にテープ状部材を介在させた場合における保温性や使用感の問題(外観はともかくとして、テープ状部材周辺には空洞部分が存在することにならざるを得ない)に言及したものではない。

そもそもレザリングは、毛足を身体の外側に位置させることを前提とするコート等の被服の分野において形成されてきた技術であって、しかも、レザリングは、毛皮全体に施すものではなく、変形等のために脇腹や腰部などの部分に限って行われるもので、その具体的手順も、毛皮の種類や状態に応じて定められているのであり(甲第六号証毛皮のテクニック、一七〇頁、一七一頁、一七九頁)、ムートンの毛足の身体へのフィット感や保温性を重視する本件考案とは、技術内容を異にし、目的効果において何らの共通性を有しないものである。

なお、原判決は、レザリングが「引用例一記載のものにおける掛け布団にも適用し得る技術である」と判示しているが(二四頁)、毛足の長さ七ミリメートルまで刈り揃えた、ムートンの肌掛けにレザリングの技術の対象となる余地はなく、また、現実にもかかる技術は適用されていない。

したがって、本件考案がレザリングの技術を適用することによって容易に想到し得る程度のことであるとの原判決の判断は、常識的判断から著しく逸脱しているといわざるを得ない。

(四)、取消事由三について、本件考案が「ムートンの毛足を内側に位置させた」ものであるのに対し、引用例一記載の「肌掛け」は毛足が内側に位置しているかどうか不明である(相違点<2>)が、審決は「毛足を内側とするか、皮の方を内側とするかの選択に格別の困難性があったとは認められない」とし、原判決は「ムートンは、・・・綿毛が密生しているためその毛は柔らかくて肌触りがよい」のであるから、掛け布団の裏地としてムートンを使用する場合、毛足を内側にして、使用者にとって肌触りの良い布団とする程度のことは、当業者であれば当然考えつくことであって、この点に格別の困難性があるとは認められない。また、従来は、掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠ることを達成する技術的手段そのものを考えつくことが困難であった旨の原告の主張を、叙上説示したところに照らして採用できない旨判示しておられる。

しかしながら、本件実用新案登録出願前、毛皮は保温とファッション、着て、立って歩く、外観シルエットの美観を重んじるものであって、これを寝具として敷いたり被って就寝した場合、人は体をねじったり、足をつっぱるため、剛毛が肌を刺し、綿毛が皮から剥離して浮遊し、鼻や肌を刺激し、クシャミ、カユミ、アレルギーを起こすため、毛に携わる人は、これを寝具とすることは考えていなかった.ムートンは、大型で皮質は分厚く丈夫で、毛の密生状態では、毛足が互いの自由な動きを妨げ、突っ立った状態で固定されてしまい、重量も重く、毛質自体としては柔軟性に富んでいるものの全体としては柔軟性に欠ける重量のある板状の素材に近く、衣服には向かず、従来殆どが敷物、インテリア製品に利用されていた。そして、昭和五九年当時、寝具業界は、従来の綿入り布団に替って、軽く温かいを標榜とする羽毛布団の全盛期で、ムートン製造メーカーでさえも掛け布団は羽毛布団、下に敷く敷き布団はムートンシーツを提供するという捉え方であって、長毛ムートン(一匹一・二キログラム)は、重いから掛け布団には不向きと考えられていた。

すなわち、少なくとも、本件実用新案登録出願時以前には、ムートンは敷布団として提供するという捉え方であって、ムートンを掛け布団として着て眠るという発想は全くなかった。引用例一の「肌掛け」の記載が認められるのみである。右「肌掛け」は、「掛け布団」でないことは、すでに述べたとおりである。そして、その後、間もなく、右「肌掛け」は、寝具業界からは消え去ってしまっているのである。このような状況下のもとで、原告は、ムートンに包まれて眠ることが出来ないかと考えて、ムートンの敷布団を被むるという奇想天外な常識はずれので発想のもとに、全体として柔軟性に欠ける重量のある板状のムートンを長毛のまま、しかも毛足を内側にして適度の軽量化と柔軟性をもたせて豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果、吸排湿作用等のムートンの持つ特徴を生かしたムートン製掛け布団を考案したものであって、右発想は、当業者ならば容易に考えることができるというようなものではない。現に、原告以外誰一人としてかかる発想に至っていない。

本件考案は、実用新案であって、自然法則を利用した技術思想の創作であれば、それほど高度のものであるとは言えないと仮定しても、右のように着想に格別のものがあり、優れた作用効果―適度の軽量化と柔軟性、ムートンの特徴を生かし、豪華な外観と手入れの簡便さ―を有するものであるから、複数の引用例を組み合わせると同一の構成になるというだけで、進歩性を否定することは誤りである(東京高等裁判所、平成六年一二月二六日判決、判例時報一三四三号一三六頁以下参照)。

よって、原判決は、右のように当業者が容易に考えることができた旨の誤った判断をしたことは、実用新案法第三条一項、二項の新法性の解釈を誤った違法がある。

三、結語

要するに、原判決には、すでに述べたとおり、採証法則の誤りと経験則違背による事実誤認、最高裁リパーゼ判決の誤解と実用新案法第二条二項の解釈の誤りにもとづく事実誤認、法令の適用の誤りがあり、右誤りは、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。

以上

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